「記憶は単なる過去ではなく未来を築く原動力」 建築と未来考古学 田根剛
田根剛
建築家の田根剛氏は1979年に東京で生まれ、幼い頃はプロサッカー選手になることを夢見ていたが怪我により断念。目標を失った彼は東海大学建築学部に進学し、現在はフランスと日本を拠点として創作を行っている。田根剛氏の建築は「未来考古学」の概念を基礎としている。彼は記憶が単なる過去ではなく、未来を築く原動力であると信じていて、この考えこそが「田根剛の未来考古学」である。2006年、彼はエストニア国立博物館に展示した作品で一躍有名になり、数々の賞を受賞した。そんな彼は現在、国内外で影響力を持っている。
「新国立競技場案古墳スタジアム」@Dorell.Ghotmeh.Tane Architects
田根剛氏の「未来考古学」という概念の中で、建築家は考古学者のように、ある場所に深く眠っている記憶を発掘する過程で、建築の意義を取り戻し、付与する。田根剛氏はインタビューで次にように語る、「今の私たちは『世界化』と『グローバル化』に直面していますが、長い歴史のルーツを持っていることを忘れがちです。20世紀の『現代化』は私たちの社会を一新させましたが、同時に『破壊』をも意味します。多くの国は新しい未来を発展させ、斬新さ、目新しさを追求しています。しかしながら『新しさ』はすべての社会に適用される訳ではありません。建築の観点では、考古学者が遺跡を採掘するように、私たちは遡り、絶えず掘り下げて、すべての場所の記憶を掘り出し、根源を辿る必要があるのです。」
「エストニア国立博物館(Estonian National Museum)」 ©Propapanda
2006年に話題を呼んだエストニア国立博物館の建築作品も同じ考え方によるものだ。エストニア共和国は1991年に独立した。エストニアにとって最も重要なのは国家のアイデンティティーと歴史観の一致だ。田根剛氏は「歴史の続きは国の未来です。新しいエストニア国立博物館はタルトゥにあります。この国立博物館はこの地域の再生の鍵となっているのです。当初、私たちがこの場所の過去を発掘したとき、建築予定地付近に『旧ソ連空軍基地』跡地を発見しました。そこで私たちはこの跡地である軍用滑走路を博物館と繋げることで、過去の痛ましい歴史がもたらした壊滅的な記憶を建物に付与し、跡地の過去を利用して国家のアイデンティティを構築することを選択したのです。」と語った。
「アル・タニコレクション」ギャラリー @Takuji Shimmura
もう一つの印象的な作品は、2021年パリの「アル・タニコレクション ギャラリー(Al Thani Galeries)」の所蔵スペース。「アル・タニコレクション」はHôtel de la Marin博物館の専属コレクション所蔵スペースだ。Hôtel de la Marineは18世紀の皇室建築家Ange-Jacques Gabrielのために建てられた。この歴史的なランドマークに、田根剛氏は再び未来考古学の概念を用いて創作を行った。田根剛氏はさらに「私たちはHôtel de la Marineの歴史を掘り起こすことから研究を始め、博物館内のヴェルサイユの地面の模様、ロココ風の装飾、これらのかつて歴史に埋もれていた記憶を未来の概念へと変えました。18世紀の歴史と芸術の創作を21世紀に重ね、時間と空間を越えた対話を生み出しました。」と語った。田根剛氏は建築家の役割が未来を設計することだと信じているが、未来が社会を変えたり、修復することを意味してはいない。そのため未来とは、必ずしも新しいものではなく、記憶の上に成り立つものとして建てられるものだと考えている。