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【インタビュー】漆芸の永遠の美を追求する 室瀬和美の「研出蒔絵」

東京都 2022/08/27 17:09
室瀬和美さんの制作中の写真
室瀬和美さんの制作中の写真
人間国宝
室瀬和美

──日本の漆芸文化の魅力をお聞きしたいです。

室瀬和美さん(以下室瀬) 日本は、豊かな四季と自然に恵まれ、一年を通じて多様な「美」が私たちの生活を彩っています。古来より、人々は自然を愛で、また自然が人々の感性を養ってきました。この「自然に感謝して、自然と共に生きる」という姿勢、それこそが日本に深く根付いた自然観であると同時に、日本のものづくりの起点だと思います。漆芸についても同様です。四季折々の動植物を意匠にとり入れ、想像を膨らませて作品へと昇華する。加えて豊かな自然素材を活かした技法を編み出し、その精度を極限まで高めていく。そうして表現される「美」は、他国に類を見ないものだと思います。

 
蒔絵丸筥「百華」(2012年,-大英博物館所蔵)©The-Trustees-of-the-British-Museum蒔絵丸筥「百華」(2012年, 大英博物館所蔵)©The-Trustees-of-the-British-Museum
 

──日本の漆芸の第一人者であるる室瀬和美先生は、漆芸の蒔絵で国際的に有名です。室瀬先生と言えば「研出蒔絵」という技法ですが、簡単に「研出蒔絵」の技法を紹介してもらえますか?過去の作品を例に挙げて説明していただけませんか。

室瀬 蒔絵は、日本の漆工芸の代表的な装飾技法で、1200年以上をかけて日本独自に発達したものと考えられています。研出蒔絵は、そのなかでも最初期に完成し、蒔絵の原点ともいえる基本的な技法です。器物に漆を塗って研いだ表面に文様を描いて金、銀等の粉を蒔き付けて固化させ、その蒔いた粉を漆で定着させます。その後、さらに器物全体を漆で塗りこめてから文様を研ぎ出すため、完成した作品の表面に凹凸はなく、平滑に仕上がるのです。したがって使用により文様が失われる事はありません。ここに螺鈿、平文、色漆等の他の技法も複合的に用いて、材質や色調の変化を加えます。ひとつの作品が完成するまでには加飾だけで1ヶ年、ときには数年を要することも少なくありません。

 
制作中の写真  撮影/白井 亮制作中の写真  撮影/白井 亮
 

──室瀬先生は国宝や重要文化財の修復にも積極的に取り組んでおられますが、修復の過程で室瀬先生は蒔絵粉の研究に興味を持たれたと思いますが、室瀬先生の蒔絵粉の粒子の大きさはどのように作品の表現にどのように影響しますか?過去の作品を例に挙げて説明していただけませんか。

室瀬 「青松」という作品では、背景に青貝微塵、緑漆で粉固めをした松葉の上に真珠の粒を配し、常緑の瑞々しさを表現しました。この幹の部分には自ら金塊を鑢でおろした古代粉(鑢粉)を使用し、ゴツゴツした古木の樹皮の質感を醸し出しています。金粉についていえば、粒子の大きさだけではなく、形も重要です。金粉の形が揃っていた方が作業性も良いと思われるかもしれませんが、それだと綺麗すぎて表情が足りない。不定形の荒い粒子の金粉が混ざることによって金の色と共に独特な表情が生まれます。これらを古典作品から学んだのが大きな点です。その分、仕立て上げには高い技術が要求され、作家の力量が試されます。

 
蒔絵螺鈿小簞笥「青松」(2006年)©室瀬和美さん蒔絵螺鈿小簞笥「青松」(2006年)©室瀬和美さん
 

──室瀬先生の作品を3点紹介していただけませんか。これらの作品でどのようなメッセージを伝えたいですか?

室瀬 私の代表作として3点挙げるとすれば、蒔絵螺鈿八稜箱「彩光」(2000, 文化庁所蔵)、蒔絵螺鈿小箪笥「青松」(2006)、蒔絵丸筥「百華」(2012, 大英博物館所蔵)、になるでしょうか。共通した作品テーマは「自然」や「光」。花や草木、鳥や小動物等の身近なモチーフを通して、悠久の美を伝えたいと思っています。また、蒔絵というと平面的な描写を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、私は研出蒔絵だからこそできる、奥行きを感ずる立体的な表現を追究しています。金粉の色や形、大小、蒔き方の濃淡等によって表現の幅は無限に広がります。その使い分けと組み合わせによって、器物という小さな空間に、深い奥行きを生み出すことができるのです。

 
蒔絵螺鈿八稜箱「彩光」(2000年, 文化庁所蔵)蒔絵螺鈿八稜箱「彩光」(2000年, 文化庁所蔵)
 

──室瀬先生は、日本の漆芸の美しさを伝えるために、海外での展覧や講演を積極的に行っていますが、室瀬先生はアジアやヨーロッパの伝統工芸愛好家にどのようなメッセージを伝えたいですか?

室瀬 「絵画や彫刻が美術品で、工芸はあくまで日用品である」という西洋で生まれた概念を取り払いたいと思っています。私たちの文化においては、たとえ器ひとつであっても、日常使うための機能性だけではなく、より芸術性の高いものへと昇華してきた歴史があります。日本やアジアの美の根底にある自然観を含めた思想こそが、人々の生活に彩りを与え、精神的な豊かさを支えてきたのです。私自身も、時代によってめまぐるしく移り変わる流行の美ではなく、時代をこえて人々の心に響く悠久の美をつくり、伝えていきたいと思います。




 

室瀬和美(むろせかずみ)略歴
1950 年東京都生まれ。1976 年東京藝術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了。人間国宝の松田権六、田口善国に師事。漆工文化財の保存・修復に取り組み、1996国宝「梅蒔絵手箱」復元模造制作(〜1998)。漆の美と素晴らしさを国内外で発信し続けている。日本伝統工芸展などにおいて、東京都知事賞など多数受賞。2008年、重要無形文化財「蒔絵」保持者(人間国宝)に認定。同年、紫綬褒章受章。2021年、旭日小綬章受章。現在、公益社団法人日本工芸会の副理事長を務める。作品は文化庁、東京藝術大学、ヴィクトリア&アルバート博物館、メトロポリタン美術館、大英博物館などに収蔵。
 

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