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工芸の作品には「希望の光の様なものがある」ガラス作家・石田知史

京都市 2022/05/26 14:12
線刻文鉢「風をきく」 日本伝統工芸展 朝日新聞社賞 受賞作品 ©Satoshi Ishida
線刻文鉢「風をきく」 日本伝統工芸展 朝日新聞社賞 受賞作品 ©Satoshi Ishida
ガラス作家
石田知史

Pâte-de-Verre(パート・ド・ヴェール)は世界最古で手間と時間がかかり、効率の悪い技法である。その独特なガラスの延び方からなる柔らかな色彩と散りばめられたような光の輝きを、エジプト人は流れる石と表現している。Pâte-de-Verre(パート・ド・ヴェール)の起源は古代メソポタミアにまで遡ることができる。一時期その技術は失伝の危機に面することになるが、19世紀後期にフランスの芸術家Amalric Walter(アマルリック・ワルター)やHenri cros(アンリ・クロ)等により新芸術運動の最中で復興された。彼ら先駆者の後に続くように現代では京都の石田家がこの難易度の高い技術を修得している。さらには京の美意識(染織図等)を取り入れ、新たなガラス工芸を創り出している。

 
石田亘氏が日本伝統工芸展にて日本工芸会奨励賞を受賞した。 蓋物「白寿」©Wataru Ishida石田亘氏が日本伝統工芸展にて日本工芸会奨励賞を受賞した。 蓋物「白寿」©Wataru Ishida
 

西陣織とPâte-de-Verre(パート・ド・ヴェール)を結合させた創作「鋳込み硝子」は2009年に京都府指定無形文化財として登録された。石田知史氏はインタビュー時に「37年前のある日、西陣織デザイナーの石田亘氏と石田征希夫婦がアール・ヌーボーのガラスの作品展を見に行った時に、見たことのないガラスを見て衝撃を受けます。それがアルマリック・ワルターの裸婦像でした。なんとか自分も制作してみたい、と思いガラスのカルチャーセンターに行ってみましたが、なかなか肝心のレベルまで教えてくれる方もなく、自分でするしかないなと思い、電気炉を購入し悪戦苦闘の7年が過ぎ、ようやく思った様な作品が少し出来る様になりました。そして、その後いろいろな試行錯誤ののち 亘は、2000年に白の文様に柔らかい白色がバックの作品を日本伝統工芸展に出品し、日本工芸会奨励賞を受賞するのです。」と語った。1998年より、長男の石田知史氏も加わり、3人で精緻で優雅な「鋳込み硝子(鋳造ガラス)」を創作している。

 
線刻文筥「草原を行く風」 日本伝統工芸展 総裁賞受賞作品 ©Satoshi Ishida線刻文筥「草原を行く風」 日本伝統工芸展 総裁賞受賞作品 ©Satoshi Ishida
 

石田知史氏(Satoshi Ishida)は1972年京都に生まれ、石田亘氏(京都府指定無形文化財)、石田征希氏の長男である。高校卒業後は東京ガラス工芸研究所に入学。1995年にはアジア、中東、ラテンアメリカ、ニューヨークなどで芸術研究に勤しんだ。石田知史氏は「最初の作品のイメージはなんてことない自然だったりする事が多いです。休日、川辺に遊びに行って水面を見ているとある瞬間、ビビッとくるシーンがある。あっこれを作品に昇華させたら面白いだろうな、と言うふうに。」このインスピレーションは「風をきく」、「草原を行く風」以及「風光る」等の作品中で垣間見ることができる。

 
鋳込み硝子筥「風光る」 ©Satoshi Ishida鋳込み硝子筥「風光る」 ©Satoshi Ishida
 

石田知史氏はさらに次のように語る「私が考えるに工芸の作品には『希望の光の様なものがある』と思います。私は私の作品が皆様にとっての明日への原動力となるように願っています。私が両親の工房で制作に加わったときに、それ以外に注意した点は、両親の存在というのが大きいので、その為に(両親はその頃、蓋物を作って工芸会に出品していました。)全然違う方向性の鉢を作ることにしました。なぜなら同じジャンルの作品を作ってしまうと必ず似てしまうと思ったからです。両親はプレス型の製法で作るのですが、私はオープンの片型の製法で作ることにしました。それで作品のクオリティーを次第に上げていき、最後に日本伝統工芸展で朝日新聞賞をいただくことができました。そうしてやっとその後に私も筥(プレス型で制作)を制作するようになるのですが、それ程にやはり両親の影響は大きかったです。なので二世の作り手の苦労が少しわかります。ただ、真似をしないようにと自分の道を行く大切さも認識しています。」

 
石田さん一家(左から)石田征希さん、石田亘さん、石田知史さん石田さん一家(左から)石田征希さん、石田亘さん、石田知史さん

 
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